東洋医学における数字の話その一

東洋医学における数字の話その2

東洋医学における数字の話その3

東洋医学における数字の話その4

さて、やってきました「五」。東洋思想において五はご存知「五行」を意味します。

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では、この五行の五はどこからやってきたのでしょうか。五行が成立したのは紀元前3世紀頃、鄒衍(すうえん)という思想家が唱えたとされています。

ちなみにこれからさかのぼること200年前頃に古代ギリシャでエンペドクレスという学者が四大元素を提唱し、プラトン、アリストテレスと受け継がれていき、ユナニ医学(ギリシャ・アラビア医学)に取り入れられていくわけですが、成立年代から鄒衍の五行論はこのユナニ医学や仏教における五大の影響があるという話もあります。またこの頃に観測されていた五つの星(木星・火星・土星・金星・水星)から来たとも言われていますが、僕は次の説を支持したいと思います。余談ですが、この五星の金星、古代中国では「太白」と呼ばれている星はツボの名前にもなっています。それだけ天文学からの影響もあったことは間違いないんです。

前回「四」の時にお話しした二つの棒が交差してできた「四方」ですが、十字の交わる所、つまり中央を点と考えると五になります。つまり、「四方」から「五方」に変遷していったわけです。ここに先ほどの五星説などが融合していき、五行として意味をなしていったわけです。

もう一つ、数字の変化としては、「三」から「五」に移行したとも考えられます。三つの点のそれぞれの中間を取ると五になりますよね。つまり「三才」から「五行」が出てきた。これもまた面白い考えです。三才思想はより陰陽より実践的に使われるケースが多かったわけですが、次の五行はさらに実践的になってきます。そう考えると概念的な偶数の動きと実践的な奇数の動きと見るとこれまた面白いです。とは言っても、上の「四方」から「五方」→「五行」が自然ですが、五行の配置にも2パターンあるので、僕も二つの考えをだしておきました。

といったところで、次もまだ「五」のお話し。