7月1日になりました。1年も下半期に入りましたね。下半期も頑張って皆様の健康をお守りできるように治療してまいります。

ということで、毎月恒例の北浜にある少彦名神社(通称神農さん)へ今月もお参りへ行って参りました。実は朔日というのは旧暦で新月の日なので正確には朔日ではないのですが、まあ覚えやすいということもありますので、今年から毎月太陽暦の1日にお参りしております。

特に今月は友人のお子さんが早産ながらも無事産まれたことのお礼とこれから元気に育っていけるように祈願もありましたので朝一から行ってきました。本当に関わっている患者様や周りの皆さん、そして家族が元気で笑顔で過ごせますように。

 

適塾と『扶氏医戒之略』

最初の患者さんが時間変更になったこともあり、時間に余裕ができたので、近くにある適塾まで足を延ばしてみました。先輩鍼灸師の先生が大阪へ来るたびにSNSへ写真を挙げているのを見ていて久しぶりに行きたくなったんです。

オフィス街のど真ん中にある適塾はその裏にある愛珠幼稚園と共に戦災を免れた建築物で本当にここだけ時代の進み方が違う感じです(といいながら幼稚園は耐震工事をしていたので少し今の時代にいましたが・・・)

適塾は医師であり蘭学者であった緒方洪庵先生の私塾で正式には適々斎塾だったのが短く適塾と親しまれるようになったのです。詳しくはWikipedia:適塾などでお調べください(笑)

ちなみに江戸で亡くなられたのでお墓は東京にありますが、どうやら大阪にも遺髪墓があり、当院からも歩いていける距離なので今度行ってみようっと。

緒方洪庵先生が適塾でまず教えていたことが現代で言うところの医療倫理になる「扶氏医戒之略」です。扶氏というのドイツの医学者であるフーフェランド教授が著した書物の巻末にある医者の戒めを12条に抄訳した文章です。下の文章にあるようなことを言われています。

1.医者というものは患者のために生活し、自身の生業のためにするものではない。名声や利益のためではなく、患者の病苦を救うことのみを願うべし。

2.患者を診るときは相手の名誉や金銭の有無を見るのではなく、患者を診るのです。貧しい患者の涙と高価な金品と比較して心に何が得られるか今一度考えるべし

3.患者は的(対象)であり決して矢(道具)ではない。自分の理論を押し通したり、実験台にするものではない。細心の注意を払って観察治療をするべし。

4.学術を研鑽することはもちろんですが、自分の言動に気を付けて信頼を得られるようにしなさい。とはいえ、詭弁や珍説を用いて売名行為ばかりに精を出すのは恥ずべきことだ。

5.昼間診た患者さんを夜に今一度考察し記録しておきなさい。それを纏めれば自分だけでなく病に苦しむ人にとっても有益なものになります。

6.患者を大雑把に数多く診るのではなく、少なくても心を込めて詳らかに診察したほうがいい。とはいえ、自分の自尊心のために診療を断るのは憎むべきである。

7.不治の病であっても病苦を和らげ、救おうとすることは医師の務めである。例え救えなくても癒すのが仁術であろう。延命を心掛け、死期を伝えたり、言動で悟られないようにすべし。

8.治療費は出来るだけ少なくするべし。病から救われても生活が出来なければ患者の益にならない。貧しい人はより酌量すべし。

9.医師は世間に好まなければいけない。自分の技術を高めても、自分の言動を厳しくしても信頼されなければ意味がない。医療というものは人の秘密を詳しく聞くし、恥ずかしいことも聞くわけだから、常に篤実温厚であって、賭博や酒、好色、金銭・名誉欲に溺れてはいけない

10.同業の先生に対しては敬意を持ち、意見が合わなくても貶めるような発言をしてはいけない。人の短所を攻めるのは聖人君子が行うことではない。それぞれ医師というのは独自の治療法があり、そこに一家言あるのだからいたずらに批判するべきではない。特に年配の医師は敬い、若輩の医師は親愛をもって接しなさい。また患者から前任の医師の治療法を聞かれたら、努めていいところを伝えるべきである。

11.治療について相談するときは少人数で、多くても3人までにするべきで、その人を厳選しなさい。患者の安全を第一にして、その人を無視して議論をすることなかれ。

12.他医から自分のところに患者が来た場合でも、まずは前任の医師に話を聞いてから治療するべきである。とはいうものの、明らかに治療法が間違いであることを知って放置するのも医師の務めではない。とりわけ重篤なものであれば手遅れになってはいけない。

うん。色々とグサッとくる言葉ですね。もちろん現代に合っているか疑問がある点もあるかとは思いますが、医療人として大切な心構えだと思います。特に第一条は『千金方・大医精誠』に通じるものがあり、洋の東西を問わず意識するべきことだと常に思っています。