前回、僕の眠れない状態を使って不眠にも大まかに二種類の原因があるということを記載しました。エネルギー過多とエネルギー不足ですね。

不眠の原因を東洋医学ではどうとらえるか?

東洋医学では不眠のことを「不寐(ふび)」と言います。その他「目不瞑」「不得臥」「不得眠」「失眠」などとも言います。

そのことを踏まえて今回からしばらくは東洋医学の原典である『黄帝内経』という本やその他の医古籍から不眠についてどう記載されているか見てみましょう。※どちらかと言うと鍼灸学生向けなのでちょっと難しいかもしれません。

『黄帝内経』の『素問』では(黄帝内経は『素問』と『霊枢』という二つに分かれます)主に「不得臥」という表現で扱われています。厳密には「不得臥」は「不寐」とは異なるという説もあり、素問の内容を見ると確かに違うよねと思う面もありますので読んでいってみましょうか。

『素問・太陰陽明論篇第二十九』
故犯賊風虚邪者,陽受之。食飲不節,起居不時者,陰受之。陽受之,則入六府,陰受之,則入五蔵。入六府,則身熱,不時臥,上為喘呼。
(もとより賊風虚邪に犯さる者は、陽これを受く。飲食節ならず、起居時ならざるものは、陰これを受く。陽これを受ければ、則ち六府に入り、陰これを受ければ、則ち五臓に入る。六府に入れば、則ち身熱し、時ならずして臥し、上に喘呼をなす)

いきなり不得臥ではなく不時臥でしたね(汗)。外感邪を受けた時は陽病なので身熱したり、眠れなくなったり、咳したりするようになるよと書いてますね。もちろんここは太陰陽明論なので、陽=陽明経脈の変動とみることができ、下の熱論篇や逆調論篇に繋がってくるとも見れるわけです。というかそのほうが自然ですね。

 

『素問・熱論篇第三十一』
二日陽明受之。陽明主肉,其脉侠鼻,絡於目。故身熱,目疼而鼻乾,不得臥也。
(二日陽明これを受く。陽明は肉を主り、其の脉は鼻を差し挟み、目に絡う。故に身熱し、目疼きて鼻乾き、臥することを得ざるなり

素問の熱論篇は熱病について論じられる篇で、傷寒論に連なる篇ともいわれています。ここで、病の伝変の過程で邪が陽明胃経に入ったときの症状を記載しているのですが、陽明に入ると身熱や目の痛みや鼻の乾燥だけでなく、横になることができないよと言っていますね。

 

『素問・評熱病論篇第三十三』
腹者至陰之所居。故水在腹者,必使目下腫也。眞氣上逆。故口苦舌乾,臥不得正偃。正偃則欬出清水也。諸水病者,故不得臥。臥則驚,驚則欬甚也。
(腹なるものは至陰の居するところ、故に水腹にあるものは、必ず目下をして腫らしむるなり。眞氣上逆す。故に口苦、舌乾し、臥して正偃を得ず。正偃すれば咳して清水を出すなり。諸々水病なる者はもとより臥するを得ず。臥すれば驚し、驚すればすなわち欬甚だしきなり)

評熱病論篇のこの節では腎風という病を誤治したら風水という水の病になるよという話から水の病にはこういう症状が出るよという話が書いてあります。ここでいう不得臥は正偃(仰臥位)になると咳が出るから臥することができないと表現されています。これは厳密には不眠とは違う問題になってくるわけですね。

 

『素問・逆調論篇第三十四』
帝曰,人有逆氣,不得臥而息有音者。有不得臥而息無音者。有起居如故而息有音者。有得臥,行而喘者。有不得臥,不能行而喘者。有不得臥,臥而喘者。皆何藏使然。願聞其故。岐伯曰。不得臥而息有音者,是陽明之逆也。足三陽者下行。今逆而上行。故息有音也。陽明者,胃脈也。胃者,六府之海,其氣亦下行。陽明逆,不得從其道。故不得臥也。『下經』曰、胃不和則臥不安。此之謂也。
(帝曰く、人に逆気して、臥するを得ずして息に音あるものあり。臥するを得ずして息に音なきものあり。起居は故の如くして息に音ある者あり。臥するを得て、行きて喘するものあり。臥するを得ず、行くを能わずして喘するものあり。臥するを得ず、臥して喘するものあり。皆何の臓の然らしむるや。願わくばその故を聞かん。岐伯曰く、臥するを得ず息に音あるものはこれ陽明の逆なり。足三陽は下行す。今逆して上行す。故に息に音あるなり。陽明は胃の脉なり。胃は六腑の海、其の気もまた下行す。陽明逆して、その道に従うを得ず。故に臥することを得ずなり。『下經』に曰く、胃和せざればすなわち臥して安からず。これの謂いなり)

逆調論篇では気逆を起こしたときの病態把握をしているのですが、仰向けになれず呼吸に音があるパターンは陽明経脈の逆気だとしているわけです。この辺りは後々に出てくる痰との関わりが示唆されているような気がしますね。

『下經』は今は残っていない医書です。胃気が調和しなければ寝ても落ち着かないというのは黄帝内経より前に言われていたということです。

『素問・厥論篇第四十五』
陽明之厥,則癲疾欲走呼,腹滿不得臥。面赤而熱,妄見而妄言。
……
太陰之厥,則腹滿䐜脹,後不利。不欲食。食則嘔,不得臥
(陽明の厥、則ち癲疾して走呼せんと欲し、腹満して臥することを得ず。面赤くして熱し、妄見して妄言す。…(中略)…太陰の厥、則ち腹満䐜脹し、後不利す。食を欲せず。食すれば嘔し、臥することを得ず)

厥論篇では気の流れが正常にならず逆流し、厥逆を起こした時の病理把握と治療を述べている篇になりますが、足陽明の気が逆流して厥を起こした時は上で散々説明されているように不得臥を引き起こすわけです。さらにはここで妄見や妄言まで出ているので癲狂に近い症状まで出ているよと言っていますね。

そして、足太陰の気逆でも不得臥が出現します。岡本一抱『素問諺󠄀解』では「脾と胃は表裏関係なので同じ症状が出現する」と注釈されていました。うーん。わかるけど、スッキリしないですね。

 

『素問・病能論篇第四十六』
人有臥而有所不安者,何也。岐伯曰,蔵有所傷。及精有所之寄則安。故人不能懸其病也。帝曰,人之不得偃臥者,何也。岐伯曰,肺者,蔵之蓋也。肺気盛則脈大。脈大則不得偃臥。論在『奇恒陰陽』中。
(人臥して安からざる所ある者は何ぞや。岐伯曰く、臓の傷らるる所あり。精の之き寄る所あればすなわち安し。故に人其の病を懸るに能わざるなり。帝曰く、人の偃臥することを得ざる者は何ぞや。岐伯曰く、肺は蔵の蓋なり。肺気盛んなればすなわち脈大。脈大なればすなわち偃臥することを得ず。論は『奇恒陰陽』の中にあり)

東洋医学では五臓にはそれぞれ精を蔵して、神を舎しているとされています。ですので五臓が傷つくと精神が安定しなくなり、睡眠障害が起きてしまうわけです。明代の医家である呉崑は「精有所之寄則安」を「精有所倚,則臥不安」と改めています。蔵が傷つけば、陰精に偏りができ、そのため陽亢し人を不安状態にしてしまい眠れなくするという意味です。

また仰臥位になれないのは肺気が盛んになった場合でも起こり得るともしています。評熱病論篇と合わせてみると面白いですね。『奇恒陰陽』も『下經』と同じく失われた古医書のことです。

 

『素問・気穴論篇第五十八』
上紀者,胃脘也。下紀者,関元也。背胸邪繋陰陽左右。如此其病前後痛渋,胸脇痛而不得息,不得臥
(上紀とは胃脘なり。背胸は邪(ななめ)、左右陰陽に繋がる。この如くんば其の病前後に痛み渋り、胸脇痛みて息するを得ず、臥することを得ず)

人体の経穴のことについてを書いてる気穴論篇ですが、ここの文章は錯簡(元々の書物は木簡なのでバラバラになってしまい、どこの篇にあったかわからなくなって混じってしまった)であるとして骨空論篇の文であるとされています。任督脈に邪が入り経脈がひきつることで息が出来ず眠れないという意味で取ってもらったらいいですかね。

『素問・水熱穴論篇第六十一』
故水病下為跗腫大腹,上為喘呼,不得臥者,標本倶病。故肺為喘呼,腎為水腫。肺為逆不得臥。分為相輸倶受者,水気之所留也。
(故に水病下に跗腫大腹となし、上に喘呼となす。臥することを得ざるものは標本ともに病む。故に肺は喘呼となし、腎は水腫となす。肺は為すに逆さば臥するを得ず。分かれて相輸たりて俱に受くる者は水気の留まるところなればなり)

水熱穴論篇では水気病と熱病のことを記載しているわけで、やはり評熱病論篇と似通ってくる文章になりますね。

素問の中の不眠(不得臥)の原因まとめ

ということでやっと黄帝内経素問から不寐(不眠)について記載されているところを抜き出せました。これを見ると不寐というくくりより咳により眠れないというニュアンスが近いものが多いですね。

そして、五臓・十二経で見ると肺と胃の変動(特に経脈の逆行)、そして病理でみると気逆と水気により不得臥が出現するとみることが出来ました。やはり咳の病理やんと思っちゃいますね。。

とはいうものの、「胃不和則臥不安」や「精有所之寄則安」と言った文章もあり「不得臥」を咳だけで見るのではなくもう少し臓腑の生理や経絡の陰陽や子午を意識して診ると面白いやもしれませんね。

次は『黄帝内経・霊枢』です。あー。疲れた。

参考文献
石田秀実監訳『現代語訳・黄帝内経素問』東洋学術出版社
岡本一抱『鍼灸医学諺󠄀解書集成 素問諺󠄀解』オリエント出版社
多紀元簡『素問識』(早稲田大学古典籍データベース